『菜根譚』 IV

前集151項〜200項


前集151項

水不波則自定、鑑不翳則自明。故心無可清。去其混之者而清自現。楽不必尋。去其苦之者而楽自在。

水は波たたざれば、おのずから定まり、鑑は翳らざれば、おのずから明らかなり。
ゆえに心は清くすべきなし。そのこれを混らすものを去りて、清おのずから現わる。
楽しみは必ずしも尋ねず。そのこれを苦しむるものを去りて、楽しみおのずから在す。

前集152項

有一念而犯鬼神之禁、一言而傷天地之和、一事而醸子孫之禍者。最宜切戒。

一念にして鬼神の禁を犯し、一言にして天地の和を傷り、一事にして子孫の禍いを醸すものあり。
最もよろしく切に戒むべし。

前集153項

事有急之不白者、寛之或自明。毋躁急以速其忿。人有操之不従者、縦之或自化。毋操切以益其頑。

事、これを急にして白かならざるものあり、これを寛にせば、あるいはおのずから明らかならん。
躁急にしてもってその忿りを速くことなかれ。
人、これを操りて従わざるものあり、これを縦てばあるいはおのずから化せん。
操ること切にしてもってその頑を益すことなかれ。

前集154項

節義傲青雲、文章高白雪、若不以徳性陶鎔之、終為血気之私、技能之末。

節義は青雲に傲り、文章は白雪よりも高きも、もし徳性をもってこれを陶鎔せざれば、ついに血気の私、技能の末とならん。

前集155項

謝事当謝於正盛之時。居身宜居於独後之地。

事を謝するはまさに正盛の時に謝すべし。身を居くはよろしく独後の地に居くべし。

前集156項

謹徳須謹於至微之事。施恩務施於不報之人。

徳を謹しむは、すべからく至微の事を謹しむべし。恩を施すは、つとめて報ぜざるの人に施せ。

前集157項

交市人不如友山翁。謁朱門不如親白屋。聴街談巷語、不如聞樵歌牧詠。談今人失徳過挙、不如述古人嘉言懿行。

市人に交わるは、山翁を友とするにしかず。朱門に謁するは、白屋に親しむにしかず。
街談巷語を聴くは、樵歌牧詠を聞くにしかず。今人の失徳過挙を談ずるは、古人の嘉言懿行を述ぶるにしかず。

前集158項

徳者事業之基。未有基不固而棟宇堅久者。

徳は事業の基なり。いまだ基固からずして、棟宇の堅久なるものはあらず。

前集159項

心者後裔之根。未有根不植而枝葉栄茂者。

心は後裔の根なり。いまだ根植えずして、枝葉の栄茂するものはあらず。

前集160項

前人云、抛却自家無尽蔵、沿門持鉢効貧児。又云、暴富貧児休説夢、誰家竃裡火無烟。
一箴自眛所有、一箴自誇所有。可為学問切戒。

前人云う、「自家の無尽蔵を抛却して、門に沿い鉢を持して貧児に効う」。
また云う、「暴富の貧児、夢を説くを休めよ。たが家の竃裡か火に烟りなからん」。
一はみずから所有に昧きを箴しめ、一はみずから所有に誇るを箴しむ。学問の切戒となすべし。

前集161項

道是一重公衆物事、当随人而接引。学是一個尋常家飯、当随事而警タ。

道はこれ一重の公衆物事なり、まさに人に随って接引すべし。
学はこれ一個の尋常家飯なり、まさに事に随って警タすべし。

前集162項

信人者、人未必尽誠、己則独誠矣。疑人者、人未必皆詐、己則先詐矣。

人を信ずるは、人いまだ必ずしも尽く誠ならざるも、己れすなわち独り誠なり。
人を疑うは、人いまだ必ずしもみな詐らざるも、己れすなわちまず詐る。

前集163項

念頭寛厚的、如春風煦育。万物遭之而生。念頭忌刻的、如朔雪陰凝。万物遭之而死。

念頭寛厚なるは、春風の煦育するがごとし。万物これに遭うて生ず。
念頭忌刻なるは、朔雪の陰凝するがごとし。万物これに遭うて死す。

前集164項

為善不見其益、如草裡東瓜。自応暗長。為悪不見其損、如庭前春雪。当必潜消。

善をなしてその益を見ざるは、草裡の東瓜のごとし。おのずからまさに暗に長ずべし。
悪をなしてその損を見ざるは、庭前の春雪のごとし。まさに必ず潜に消ゆべし。

前集165項

遇故旧之交、意気要愈新。処隠微之事、心迹宜愈顕。待衰朽之人、恩礼当愈隆。

故旧の交わりに遇いては、意気いよいよ新たなるを要す。隠微の事に処しては、心迹よろしくいよいよ顕わすべし。
衰朽の人を待には、恩礼まさにいよいよ隆んにすべし。

前集166項

勤者敏於徳義、而世人借勤以済其貧。倹者淡於貨利、而世人仮倹以飾其吝。
君子持身之符、反為小人営私之具矣。惜哉。

勤は徳義に敏し、而して世人は勤を借りてもってその貧を済う。
倹は貨利に淡し、而して世人は倹を仮りてもってその吝を飾る。
君子身を持するの符、かえって小人、私を営むの具となる。惜しいかな。

前集167項

憑意興作為者、随作則随止。豈是不退之輪。従情識解悟者、有悟則有迷。終非常明之灯。

意の興るに憑りて作為するは、随ってなせば随って止む。あにこれ不退の輪ならんや。
情の識るに従って解悟するは、悟ることあれば迷うことあり。ついに常明の灯にあらず。

前集168項

人之過誤宜恕、而在己則不可恕。己之困辱当忍、而在人則不可忍。

人の過誤はよろしく恕すべし、而して己れにありてはすなわち恕すべからず。
己れの困辱はまさに忍ぶべし、而して人にありてはすなわち忍ぶべからず。

前集169項

能脱俗便是奇、作意尚奇者、不為奇而為異。不合汚便是清、絶俗求清者、不為清而為激。

よく俗を脱すればすなわちこれ奇、作意に奇を尚ぶは、奇とならずして異となる。
汚に合せざればすなわちこれ清、俗を絶ちて清を求むるは、清とならずして激となる。

前集170項

恩宜自淡而濃。先濃後淡者、人忘其恵。威宜自厳而寛。先寛後厳者、人怨其酷。

恩はよろしく淡よりして濃なるべし。濃を先にし淡を後にするは、人その恵を忘る。
威はよろしく厳よりして寛なるべし。寛を先にして厳を後にするは、人その酷を怨む。

前集171項

心虚則性現。不息心而求見性、如発波覓月。意浄則心清。不了意而求明心、如索鏡増塵。

心虚なればすなわち性現わる。心を息めずして性を見んことを求むるは、波をひらいて月を覓むるがごとし。
意浄ければすなわち心清し。意を了せずして心を明らかにせんことを求むるは、鏡を索めて塵を増すがごとし。

 如発波覓月の「」は「てへんに発の字

前集172項

我貴而人奉之、奉此峨冠大帯也。我賤而人侮之、侮此布衣草履也。然則原非奉我。我胡為喜。原非侮我。我胡為怒。

われ貴くして人これを奉ずるは、この峨冠大帯を奉ずるなり。
われ賤しくして人これを侮るは、この布衣草履を侮るなり。然らば、もとわれを奉ずるにあらず。
われなんぞ喜びをなさん。もとわれを侮るにあらず。われなんぞ怒りをなさん。

前集173項

為鼠常留飯、憐蛾不点灯。古人此等念頭、是吾人一点生生之機。無此便所謂土木形骸而已。

「鼠のためにつねに飯を留め、蛾を憐れみて灯を点ぜず」。
古人のこれらの念頭は、これ吾人一点生々の機なり。これなければ、すなわち謂わゆる土木の形骸のみ。

前集174項

心体便是天体。一念之喜、景星慶雲。一念之怒、震雷暴雨。一念之慈、和風甘露。
一念之厳、烈日秋霜。何者少得。只要随起随滅、廓然無碍。便与太虚同体。

心体はすなわちこれ天体なり。一念の喜びは、景星慶雲。一念の怒りは、震雷暴雨。
一念の慈しみは、和風甘露。一念の厳は、烈日秋霜。何者か少き得。
ただ随って起これば随って滅し、廓然として碍りなきを要す。すなわち太虚と体を同じくす。

前集175項

無事時心易昏冥。宜寂寂而照以惺惺。有事時心易奔逸。宜惺惺而主以寂寂。

事なきの時は、心、昏冥なりやすし、よろしく寂々にして、而も照すに惺々をもってすべし。
事あるの時は、心、奔逸しやすし。よろしく惺々にして、而も主とするに寂々をもってすべし。

前集176項

議事者、身在事外、宜悉利害之情。任事者、身居事中、当忘利害之慮。

事を議する者は、身は事の外にありて、よろしく利害の情を悉くすべし。
事に任ずる者は、身は事の中に居て、まさに利害の慮りを忘るべし。

前集177項

士君子処権門要路、操履要厳明、心気要和易。毋少随而近腥羶之党。亦毋過激而犯蜂蠍之毒。

士君子、権門要路に処すれば、操履は厳明なるを要し、心気は和易なるを要す。
少しも随にして腥羶の党に近づくことなかれ。また過激にして蜂蠍の毒を犯すことなかれ。

前集178項

標節義者、必以節義受謗、榜道学者、常因道学招尤。故君子不近悪事、亦不立善名。只渾然和気、纔是居身之珍。

節義を標する者は、必ず節義をもって謗りを受け、道学を榜する者は、つねに道学によって尤めを招く。
ゆえに君子は悪事に近づかず、また善名を立てず。ただ渾然たる和気、わずかにこれ身を居くの珍なり。

前集179項

遇欺詐的人、以誠心感動之。遇暴戻的人、以和気薫蒸之。遇傾邪私曲的人、以名義気節激礪之。
天下無不入我陶冶中矣。

欺詐の人に遇わば、誠心をもってこれを感動し、暴戻の人に遇わば、和気をもってこれを薫蒸し。
傾邪私曲の人に遇わば、名義気節をもってこれを激礪す。
天下、わが陶冶中に入らざることなし。

前集180項

一念慈祥、可以うん醸両間和気、寸心潔白、可以昭垂百代清芬。

一念の慈祥は、もって両間の和気をうん醸すべく、寸心の潔白は、もって百代の清芬を昭垂すべし。

 可以うん醸両間和気の「うん」は「酉に温のつくりの字

前集181項

陰謀怪習、異行奇能、倶是渉世的禍胎。只一個庸徳庸行、便可以完混沌而召和平。

陰謀怪習、異行奇能は、ともにこれ世を渉るの禍胎なり。
ただ一個の庸徳庸行のみ、すなわちもって混沌を完くして和平を召くべし。

前集182項

語云、登山耐側路、踏雪耐危橋。一耐字極有意味。
如傾険之人情、坎か之世道、若不得一耐字とう持過去、幾何不堕入榛もう坑塹哉。

語に云う、「山に登りては脇路に耐え、雪を踏んでは危橋に耐う」。一の耐の字、極めて意味あり、傾険の人情、
坎かの世道のごとき、もし一の耐の字を得て、とう持し過ぎ去らずんばいかんぞ、榛もう坑塹に堕入せざらんや。

 坎か之世道の「」は「河のさんずいをつちへんに変えた字
 とう持過去の「とう」は「てへん掌の字
 榛もう坑塹の「もう」は「くさかんむりに奔の字

前集183項

誇逞功業、R燿文章、靠皆是外物做人。不知心体螢然、本来不失、即無寸功隻字、亦自有堂堂正正做人処。

功業に誇逞し、文章をR燿するは、みなこれ外物に靠りて人となるなり。
知らず、心体螢然として、本来失わざれば、すなわち寸功隻字なきも、またおのずから堂々正々、人となるのところあるを。

前集184項

忙裡要偸閨A須先向闔椏「個は柄。閙中要取静、須先従静処立個主宰。不然、未有不因境而遷。随事而靡者。

忙裡に閧偸まんことを要せば、すべからくまず闔魔ノ向って個のは柄を討ぬべし。
閙中に静を取らんことを要せば、すべからくまず静処より個の主宰を立つべし。
然らざれば、いまだ境に困って遷り、事に随って靡かざるものあらず。

 討個は柄の「」は「きへんに覇の字

前集185項

不昧己心、不尽人情、不竭物力。三者可以為天地立心、為生民立命、為子孫造福。

己れの心を昧まさず、人の情けを尽くさず、物の力を竭くさず。
三者、もって天地のために心を立て、生民のために命を立て、子孫のために福を造すべし。

前集186項

居官有二語、曰惟公則生明、惟廉則生威。居家有二語、曰惟恕則情平。惟倹則用足。

官に居るに二語あり、曰く、「ただ公なれば明を生じ、ただ廉なれば威を生ず」。
家に居るに二語あり、曰く、「ただ恕なれば情平らかに、ただ倹なれば用足る」。

前集187項

処富貴之地、要知貧賤的痛癢、当少壮之時、須念衰老的辛酸。

富貴の地に処しては、貧賤の痛癢を知らんことを要し、少壮の時に当たっては、すべからく衰老の辛酸を念うべし。

前集188項

持身不可太皎潔。一切汚辱垢穢、要茹納得。与人不可太分明。一切善悪賢愚、要包容得。

身を持するには、はなはだ皎潔なるべからず。一切の汚辱垢穢、茹納し得んことを要す。
人に与するには、はなはだ分明なるべからず。一切の善悪賢愚、包容し得んことを要す。

前集189項

休与小人仇讐。小人自有対頭。休向君子諂媚。君子原無私恵。

小人と仇讐することを休めよ。小人おのずから対頭あり。君子に向かって諂媚することを休めよ。君子もと私恵なし。

前集190項

縦欲之病可医、而執理之病難医。事物之障可除、而義理之障難除。

縦欲の病いは医すべし、而して執理の病いは医しがたし。事物の障りは除くべし、而して義理の障りは除きがたし。

前集191項

磨蠣当如百煉之金。急就者非邃養。施為宜似千鈞之弩。軽発者無宏功。

磨蠣はまさに百煉の金のごとくすべし。急就は邃養にあらず。施為はよろしく千鈞の弩に似たるべし。軽発は宏功なし。

前集192項

寧為小人所忌毀、毋為小人所媚悦。寧為君子所責修、毋為君子所包容。

むしろ小人の忌毀するところとなるも、小人の媚悦するところとなることなかれ。
むしろ君子の責修するところとなるも、君子の包容するところとなることなかれ。

前集193項

好利者逸出於道義之外。其害顕而浅。好名者竄入於道義之中。其害隠而深。

利を好むは道義の外に逸出す。その害顕われて浅し。名を好むは道義のうちに竄入す。その害隠れて深し。

前集194項

受人之恩雖深不報。怨則浅亦報之。聞人之悪雖隠不疑。善則顕亦疑之。此刻之極、薄之尤也。宜切戒之。

人の恩を受けては、深しといえども報ぜず。怨みはすなわち浅きもまたこれを報ず。
人の悪を聞いては、隠れたりといえども疑わず。善はすなわち顕わるるもまたこれを疑う。
これ刻の極、薄の尤なり。よろしく切にこれを戒しむべし。

前集195項

讃夫毀士、如寸雲蔽日、不久自明。媚子阿人、似隙風侵肌、不覚其損。

讃夫毀士は、寸雲の日を蔽うがごとく、久しからずしておのずから明らかなり。
媚子阿人は、隙風の肌を侵すに似て、その損を覚えず。

前集196項

山之高峻処無木、而谿谷廻環則草木叢生。水之湍急処無魚、而渕潭停蓄則魚鼈聚集。
此高絶之行、褊急之衷、君子重有戒焉。

山の高峻なる処には木なし、而して谿谷廻環すれば、草木叢生す。
水の湍急なる処には魚なし、而して渕潭停蓄すれば、魚鼈聚集す。
この高絶の行、褊急の衷は、君子重く戒しむるあれ。

前集197項

建功立業者、多虚円之士。ふん事失機者、必執拗之人。

功を建て業を立つるは、多くは虚円の士なり。事をやぶり機を失うは、必ず執拗の人なり。

 ふん事失機者の「ふん」は「にんべんに賁の字

前集198項

処世不宜与俗同、亦不宜与俗異。作事不宜令人厭、亦不宜令人喜。

世に処しては、よろしく俗と同じうすべからず、またよろしく俗と異なるべからず。
事をなすには、よろしく人をして厭わしむべからず、またよろしく人をして喜ばしむべからず。

前集199項

日既暮而猶烟霞絢爛。歳将晩而更橙橘芳馨。故末路晩年、君子更宜精神百倍。

日すでに暮れてなお烟霞絢爛たり。歳まさに晩れんとしてさらに橙橘芳馨たり。
ゆえに末路晩年は、君子さらによろしく精神百倍すべし。

前集200項

鷹立如睡、虎行似病。正是他攫人噬人手段処。故君子要聡明不露、才華不逞。纔有肩鴻任鉅的力量。

鷹の立つこと睡るがごとし、虎の行くこと病むににたり。まさにこれ他の人を攫み人を噬手段のところ。
ゆえに君子は、聡明露わさず、才華逞しからざるを要す。わずかに肩鴻任鉅の力量あり。

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