『菜根譚』 V

前集201項〜225項


前集201項

倹美徳也。過則為慳吝、為鄙嗇、反傷雅道。譲懿行也。過則為足恭、為曲謹、多出機心。

倹は美徳なり。過ぐれば慳吝となり、鄙嗇となり、かえって雅道を傷る。
譲は懿行なり。過ぐれば足恭となり、曲謹となり、多くは機心に出ず。

前集202項

毋憂払意。毋喜快心。毋恃久安。毋憚初難。

払意を憂うることなかれ。快心を喜ぶことなかれ。久安を恃むことなかれ。初難を憚ることなかれ。

前集203項

飲宴之楽多、不是個好人家。声華之習勝、不是個好人士。名位之念重、不是個好臣士。

飲宴の楽しみ多きは、これ個の好人家ならず。声華の習い勝つは、これ個の好人士ならず。
名位の念重きは、これ個の好臣士ならず。

前集204項

世人以心肯処為楽、却被楽心引在苦処。達士以心払処為楽、終為苦心換得楽来。

世人は心の肯うところをもって楽しみとなし、かえって楽心に引かれて苦処にあり。
達士は心の払るところをもって楽しみとなし、ついに苦心のために楽しみを換え得来たる。

前集205項

居盈満者、如水之将溢未溢。切忌再加一滴。処危急者、如木之将折未折。切忌再加一搦。

盈満に居るは、水のまさに溢れんとしていまだ溢れざるがごとし。切にふたたび一滴を加うることを忌む。
危急に処るは、木のまさに折れんとしていまだ折れざるがごとし。切にふたたび一搦を加うることを忌む。

前集206項

冷眼観人、冷耳聴語、冷情当感、冷心思理。

冷眼にて人を観、冷耳にて語を聴き、冷情にて感に当たり、冷心にて理を思う。

前集207項

仁人心地寛舒。便福厚而慶長、事事成個寛舒気象。鄙夫念頭迫促。便禄薄而沢短、事事得個迫促規模。

仁人は心地寛舒なり。すなわち福厚くして慶長く、事々、個の寛舒の気象を成す。
鄙夫は念頭迫促なり。すなわち禄薄くして沢短かく、事々、個の迫促の規模を得。

前集208項

聞悪不可就悪。恐為纔夫洩怒。聞善不可急親。恐引奸人進身。

悪を聞いては、すなわち悪むべからず。恐らくは纔夫の怒りを洩らすことをなさん。
善を聞いては、急に親しむべからず。恐らくは奸人の身を進むるを引かん。

前集209項

性燥心粗者、一事無成。心和気平者、百福自集。

性燥に心粗なるは、一事も成ることなし。心和し気平らかなるは、百福おのずから集まる。

前集210項

用人不宜刻。刻則思効者去。交友不宜濫。濫則貢諛者来。

人を用うるにはよろしく刻なるべからず。刻なれば効を思うもの去る。
友に交わるにはよろしく濫なるべからず。濫なれば諛を貢するもの来たる。

前集211項

風斜雨急処、要立得脚定。花濃柳艶処、要着得眼高。路危径険処、要回得頭早。

風斜めに雨急なるところは、脚を立て得て定めんことを要す。
花濃やかに柳艶やかなるところは、眼を着けえて高からんことを要す。
路危く径険しきところは、頭を回らしえて早からんことを要す。

前集212項

節義之人、済以和衷、纔不啓忿争之路。功名之士、承以謙徳、方不開嫉妬之門。

節義の人、済うに和衷をもってせば、わずかに忿争の路を啓かず。
功名の士、承くるに謙徳をもってせば、まさに嫉妬の門を開かず。

前集213項

士大夫、居官不可竿牘無節。要使人難見、以杜倖端。居郷不可崕岸太高。要使人易見、以敦旧交。

士大夫、官に居ては竿牘も節なるべからず。人をして見難からしめて、もって倖端を杜がんことを要す。
郷に居ては崕岸はなはだ高かるべからず。人をして見易からしめ、もって旧交を敦うせんことを要す。

前集214項

大人不可不畏。畏大人則無放逸之心。小民亦不可不畏。畏小民則無豪横之名。

大人は畏れざるべからず。大人を畏るれば、放逸の心なし。
小民もまた畏れざるべからず。小民を畏るれば、豪横の名なし。

前集215項

事稍払逆、便思不如我的人。則怨尤自消。心稍怠荒、便思勝似我的人、則精神自奮。

事やや払逆するとき、すなわちわれにしかざるの人を思わば、怨尤おのずから消えん。
心やや怠荒するとき、すなわちわれより勝れるの人を思わば、精神おのずから奮わん。

前集216項

不可乗喜而軽諾。不可因酔而生嗔。不可乗快而多事。不可因倦而鮮終。

喜びに乗じて諾を軽しくすべからず。酔に因って嗔を生ずべからず。
快に乗じて事を多くすべからず。倦に因って終りを鮮なくすべからず。

前集217項

善読書者、要読到手舞足蹈処。方不落筌蹄。善観物者、要観到心融神洽時。方不泥迹象。

よく書を読むには、手舞い足蹈むところに読み到らんことを要す。まさに筌蹄に落ちず。
よく物を観るには、心融け神洽らぐの時に観到らんことを要す。まさに迹象に泥まず。

前集218項

天賢一人以誨衆人之愚。而世反逞所長以形人之短。
天富一人以済衆人之困。而世反挾所有以凌人之貧。真天之戮民哉。

天、一人を賢にして、もって衆人の愚を誨う。而して世、かえって長ずるところを逞しうし、もって人の短を形わす。
天、一人を富ましめ、もって衆人の因を済う。而して世、かえって有するところを挟んで、もって人の貧を凌ぐ。
真に天の戮民なるかな。

前集219項

至人何思何慮。愚人不識不知。可与論学、亦可与建功。
唯中才的人多一番思慮知識、便多一番億度猜疑、事々難与下手。

至人は何をか思い何をか慮る。愚人は不識不知なり。ともに学を論ずべく、またともに功を建つべし。
ただ中才の人は、一番の思慮知識多ければ、すなわち一番の億度猜疑多く、事々ともに手を下しがたし。

前集220項

口乃心之門。守口不密洩尽真機。意乃心之足。防意不厳走尽邪蹊。

口はすなわち心の門なり。口を守ること密ならざれば、真機を洩らし尽くす。
意はすなわち心の足なり。意を防ぐこと厳ならざれば、邪蹊を走り尽くす。

前集221項

責人者、原無過於有過之中、則情平。責己者、求有過於無過之内、則徳進。

人を責むるには、無過を有過のうちに原ぬれば、すなわち情平らかなり。
己れを責むるには、有過を無過のうちに求むれば、すなわち徳進む。

前集222項

子弟者大人之胚胎。秀才者士夫之胚胎。此時若火力不到、陶鋳不純、他日渉世立朝、終難成個令器。

子弟は大人の胚胎なり。秀才は士夫の胚胎なり。
この時もし火力到らず、陶鋳純ならざれば、他日世を渉り朝に立つとき、ついに個の令器と成りがたし。

前集223項

君子処患難而不憂、当宴遊而タ慮、遇権豪而不懼、対けい独而驚心。

君子は患難に処して憂えず、宴遊に当たりてタ慮し、権豪に遇うて懼れず、けい独に対して心を驚かす。

 対けい独而驚心の「けい」は「りっしんべんに旬の下に子の字

前集224項

桃李雖艶、何如松蒼栢翠之堅貞。梨杏雖甘、何如橙黄橘緑之馨冽。信乎濃夭不及淡久、早秀不如晩成也。

桃李は艶なりといえども、なんぞ松蒼栢翠の堅貞なるにしかん。
梨杏は甘しといえども、なんぞ橙黄橘緑の馨冽なるにしかん。
信なるかな、濃夭は淡久に及ばず、早秀は晩成にしかざるなり。

前集225項

風恬浪静中、見人生之真境。味淡声希処、識心体之本然。

風恬らかに浪静かなるうち、人生の真境を見る。味淡く声希なるところ、心体の本然を識る。

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