『菜根譚』 VII

後集51項〜100項


後集51項

髪落歯疎、任幻形之彫謝、鳥吟花咲、識自性之真如。

髪落ちて歯疎らにして、幻形の彫識に任せ、鳥吟じ花咲いて、自性の真如を識る。

後集52項

欲其中者、波沸寒潭、山林不見其寂。虚其中者、凉生酷暑、朝市不知其喧。

そのなかを欲にすれば、波、寒潭に沸き、山林もその寂を見ず。
そのなかを虚にすれば、凉、酷暑に生じ、朝市もその喧を知らず。

後集53項

多蔵者厚亡。故知富不如貧之無慮。高歩者疾顛。故知貴不如賤之常安。

多く蔵するものは厚く亡う。ゆえに知る、富は貧の慮りなきにしかざるを。
高く歩むものは疾く顛る。ゆえに知る、貴は賤のつねに安きにしかざるを。

後集54項

読易暁窓、丹砂研松間之露、談経午案、宝磬宣竹下之風。

易を暁窓に読んで、丹砂を松間の露に研ぎ、経を午案に談じて、宝磬を竹下の風に宣ぶ。

後集55項

花居盆内、終乏生機、鳥入籠中、便減天趣。不若山間花鳥、錯集成文、こう翔自若、自是悠然会心。

花、盆内に居れば、ついに生機に乏しく、鳥、籠中に入れば、すなわち天趣を減ず。
しかず、山間の花鳥、錯わり集まりて文を成し、こう翔自若、おのずからこれ悠然として会心なるには。

 こう翔自若の「こう」は「皐の白を自に変えたへんに羽の字

後集56項

世人只縁認得我字太真、故多種種嗜好、種種煩悩。
前人云、不複知有我、安知物為貴。又云、知身不是我、煩悩更何侵。真破的之言也。

世人、ただ我の字を認めうることはなはだ真なるに縁って、ゆえに種々の嗜好、種々の煩悩多し。
前人云う、「また我あるを知らざれば、いずくんぞ物の貴しとなすを知らん」。
また云う、「身はこれ我ならずと知らば、煩悩さらになんぞ侵さん」。真に破的の言なり。

後集57項

自老視少、可以消奔馳角逐之心。自瘁視栄、可以絶紛華靡麗之念。

老より少を視れば、もって奔馳角逐の心を消すべし。瘁より栄を視れば、もって紛華靡麗の念を絶つべし。

後集58項

人情世態、忽万端、不宜認得太真。堯夫云、昔日所云我、而今却是伊。
不知今日我、又属後来誰。人常作是観、便可解却胸中けん矣。

人情世態、忽万端、よろしく認めえてはなはだ真なるべからず。堯夫云う、「昔日われと云うところ、而今かえってこれかれ。
知らず今日のわれ、また後来のたれにか属せん」。人、つねにこの観をなさば、すなわち胸中のけんを解却すべし。

 忽万端の「」は「原文では犬ではなく火の字
 胸中けん矣の「けん」は「粟の米を員変えた字

後集59項

熱閙中、着一冷眼、便省許多苦心思。冷落処、在一熱心、便得許多真趣味。

熱閙のうちに一冷眼を着くれば、すなわち許多の苦心思を省く。
冷落のところに一熱心を在すれば、すなわち許多の真趣味を得。

後集60項

有一楽境界、就有一不楽的相対待。有一好光景、就有一不好的相乗除。只是尋常家飯、素位風光、纔是個安楽的窩巣。

一の楽境界あれば、すなわち一の不楽の相対待するあり。
一の好光景あれば、すなわち一の不好の相乗除するあり。
ただこれ尋常の家飯、素位の風光、わずかにこれ個の安楽の窩巣なり。

後集61項

簾槞高敞、看青山緑水呑吐雲煙、識乾坤之自在、竹樹扶疎、任乳燕鳴鳩送迎時序、知物我之両忘。

簾槞高敞、青山緑水の雲煙を呑吐するを看て、乾坤の自在なるを識り、
竹樹扶疎、乳燕鳴鳩の時序を送迎するに任せて、物我のふたつながら忘るるを知る。

 簾槞高敞の「」は「原文では木へんに龍の字

後集62項

知成之必敗、則求成之心、不必太堅。知生之必死、則保生之道、不必過労。

成の必ず敗るるを知らば、成を求むるの心、必ずしもはなはだ堅からず。
生の必ず死するを知らば、生を保つの道、必ずしも過労せず。

後集63項

古徳云、竹影掃かい塵不動。月輪穿沼水無痕。吾儒云、水流任急境常静。
花落雖頻意自閨B人常持此意、以応事接物、身心何等自在。

古徳云う、「竹影、かいを掃って塵動かず。月輪、沼を穿って、水に痕なし」。
わが儒云う、「水流、急に任せて、境つねに静かなり。
花おつること頻りなりといえども、意おのずから閧ネり」。
人、つねにこの意を持して、もって事に応じ物に接すれば、身心なんらの自在ぞ。

 竹影掃かい塵不動の「かい」は「土へんに皆の字

後集64項

林間松韻、石上泉声、静裡聴来、識天地自然鳴佩。草際煙光、水心雲影、闥観去、見乾坤最上文章。

林間の松韻、石上の泉声、静裡に聴き来たって、天地自然の鳴佩を識る。
草際の煙光、水心の雲影、闥に観去って、乾坤最上の文章を見る。

後集65項

眼看西晉之荊榛、猶矜白刄。身属北ぼう之狐兎、尚惜黄金。語云、猛獣易伏、人心難降。谿壑易満、人心難満。信哉。

眼に西晉の荊榛を看て、なお白刄を矜る。身は北ぼうの狐兎に属して、なお黄金を惜しむ。
語に云う、「猛獣は伏しやすく、人心は降しがたし、谿壑は満たしやすく、人心は満たしがたし」。信なるかな。

 身属北ぼう之狐兎の「ぼう」は「亡へんにおおざとの字

後集66項

心地上無風濤、随在皆青山緑樹。性天中有化育、触処見魚躍鳶飛。

心地の上に風濤なければ、随在、みな青山緑樹。性天のうちに化育あれば、触処、魚躍り鳶飛ぶを見る。

後集67項

峨冠大帯之士、一旦睹軽蓑小笠飄飄然逸也、未必不動其咨嗟。
長筵広席之豪、一旦遇疎簾浄几悠悠焉静也、未必不増其綣恋。
人奈何駆以火牛、誘以風馬、而不思自適其性哉。

峨冠大帯の士、一旦、軽蓑小笠、飄々然として逸するを睹れば、いまだ必ずしもその咨嗟を動かさずんばあらず。
長筵広席の豪、一旦、疎簾浄几、悠々焉として静かなるに遇えば、いまだ必ずしもその綣恋を増さずんばあらず。
人、いかんぞ駆るに火牛をもってし、誘うに風馬をもってし、而してその性に自適するを思わざるや。

後集68項

魚得水逝、而相忘乎水、鳥乗風飛、而不知有風。識此可以超物累、可以楽天機。

魚は水を得て逝き、而して水に相忘れ、鳥は風に乗じて飛び、而して風あるを知らず。
これを識らば、もって物累を超ゆべく、もって天機を楽しむべし。

後集69項

狐眠敗砌、兎走荒台。尽是当年歌舞之地。露冷黄花、煙迷衰草。悉属旧時争戦之場。
盛衰何常、強弱安在。念此令人心灰。

狐は敗砌に眠り、兎は荒台に走る。ことごとくこれ当年歌舞の地。
露は黄花に冷やかに、煙りは衰草に迷う。ことごとく旧時争戦の場に属す。
盛衰なんぞつねあらん、強弱いずくにかある。これを念えば、人心をして灰ならしむ。

後集70項

寵辱不驚、闃ナ庭前花開花落。去留無意、漫随天外雲巻雲舒。晴空朗月、何天不可こう翔。而飛蛾独投夜燭。
清泉緑卉、何物不可飲啄。而鴟きょう偏嗜腐鼠。噫、世之不為飛蛾鴟きょう者、幾何人哉。

寵辱驚かず、閧ゥに庭前の花開き花落つるを看る。去留意なく、そぞろに天外の雲巻き雲舒ぶるに随う。
晴空朗月、いずれの天かこう翔すべからざらん。而も飛蛾はひとり夜燭に投ず。
清泉緑卉、いずれのものか飲啄すべからざらん。而も鴟きょうはひとえに腐鼠を嗜む。
ああ、世の飛蛾鴟きょうたらざるはいくばく人ぞや。

 何天不可こう翔の「こう」は「皐の白を自に変えたへんに羽の字
 鴟きょうの「きょう」は「号に鳥の字

後集71項

纔就筏便思舎筏。方是無事道人。若騎驢又復覓驢、終為不了禅師。

わずかに筏に就いてすなわち筏を舎てんことを思う。まさにこれ無事の道人。
もし驢に騎ってまたまた驢を覓むれば、ついに不了の禅師とならん。

後集72項

権貴竜驤、英雄虎戦。以冷眼視之、如蟻聚羶、如蠅競血。
是非蜂起、得矢蝟興。以冷情当之、如冶化金、如湯消雪。

権貴竜驤し、英雄虎戦す。冷眼をもってこれを視れば、蟻の羶に聚まるがごとく、蠅の血に競うがごとし。
是非蜂起こし、得矢蝟興す。冷情をもってこれに当たれば、冶の金を化するがごとく、湯の雪を消すがごとし。

後集73項

覊鎖於物欲、覚吾生之可哀。夷猶於性真、覚吾生之可楽。知其可哀、則塵情立破、知其可楽、則聖境自臻。

物欲に覊鎖さるれば、わが生の哀しむべきを覚ゆ。性真に夷猶すれば、わが生の楽しむべきを覚ゆ。
その哀しむべきを知れば、塵情立ちどころに破れ、その楽しむべきを知れば、聖境おのずから臻る。

後集74項

胸中既無半点物欲、已如雪消炉焔氷消日。眼前自有一段空明、時見月在青天影在波。

胸中すでに半点の物欲なければ、すでに雪の炉焔に消え、氷の日に消ゆるがごとし。
眼前おのずから一段の空明あれば、時に月青天にあり、影波にあるを見る。

後集75項

詩思在覇陵橋上、微吟就、林岫便已浩然。野興在鏡湖曲辺、独往時、山川自相映発。

詩思は覇陵橋上にあり、微吟就るとき、林岫すなわちすでに浩然たり。
野興は鏡湖曲辺にあり、ひとり往く時、山川おのずから相映発す。

 覇陵橋上の「」は「原文ではさんずいに西を雨に変えた字

後集76項

伏久者飛必高、開先者謝独早。知此、可以免そうとう之憂、可以消躁急之念。

伏すこと久しきは、飛ぶこと必ず高く、開くこと先なるは、謝することひとり早し。
これを知らば、もってそうとうの憂いを免るべく、もって躁急の念を消すべし。

 そうとう之憂の「そうとう」は「あしへんに曽の字とあしへんに登るの字

後集77項

樹木至帰根、而後知華萼枝葉之徒栄、人事至蓋棺、而後知子女玉帛之無益。

樹木は根に帰するに至って、而る後に華萼枝葉の徒栄なるを知り、
人事は棺を蓋うに至って、而る後に子女玉帛の無益なるを知る。

後集78項

真空不空。執相非真。破相亦非真。問世尊如何発付。在世出世、じゅん欲是苦、絶欲亦是苦。聴吾儕善自修持。

真空は空ならず。執相は真にあらず。破相もまた真にあらず。問う、世尊はいかにか発付する。
在世出世、欲にしたがうもこれ苦、欲を絶つもまたこれ苦、わが儕がよくみずから修持するを聴け。

 じゅん欲是苦の「じゅん」は「けものへんに旬の字」(したがうの意)

後集79項

烈士譲千乗、貪夫争一文。人品星渕也、而好名不殊好利。天子営家国、乞人号ようそん。位分霄壤也、而焦思何異焦声。

烈士は千乗を譲り、貪夫は一文を争う。人品は星渕なり、而も名を好むは、利を好むに殊ならず。
天子は家国を営み、乞人はようそんを号ぶ。位分は霄壤なり、而も思いを焦すは、なんぞ声を焦すに異ならん。

 乞人号ようそんの「ようそん」は「雍の下に食の字と歹へんに食の字

後集80項

飽諳世味、一任覆雨翻雲、総慵開眼。会尽人情、随教呼牛喚馬、只是点頭。

飽くまで世味を諳んずれば、覆雨翻雲に一任して、すべて眼を開くに慵し。
人情を会し尽くせば、随って牛と呼び馬と喚ばしめて、ただこれ点頭す。

後集81項

今人専求無念、而終不可無。只是前念不滞、後念不迎、但将現在的随縁、打発得去、自然漸漸入無。

今人はもっぱら無念を求めて、而もついに無なるべからず。
ただこれ前念滞らず、後念迎えず、ただ現在の随縁をもって、打発し得去れば、自然に漸々無に入らん。

後集82項

意所偶会、便成佳境、物出天然、纔見真機。若加一分調停布置、趣味便減矣。
白氏云、意随無事適、風逐自然清。有味哉。其言之也。

意の偶会するところ、すなわち佳境を成し、物は天然に出でて、わずかに真機を見る。
もし一分の調停布置を加うれば、趣味すなわち減ぜん。
白氏云う、「意は無事に随って適し、風は自然を逐うて清し」。味わいあるかな。そのこれを言うや。

後集83項

性天澄徹、即饑喰渇飲、無非康済身心。心地沈迷、縦談禅演偈、総是播弄精魂。

性天澄徹すれば、すなわち饑えて喰い、渇して飲むも、身心を康済するにあらざるはなし。
心地沈迷せば、たとい禅を談じ、偈を演ぶるも、すべてこれ精魂を播弄せん。

後集84項

人心有個真境、非絲非竹、而自恬愉。不煙不茗、而自清芬。須念浄境空、慮忘形釈。纔得以游衍其中。

人心、個の真境あれば、絲にあらず、竹にあらず、而しておのずから恬愉す。
煙ならず、茗ならず、而しておのずから清芬たり。
すべからく念浄く、境空しく、慮り忘れ、形釈くべし。わずかにもってその中に游衍するを得ん。

後集85項

金自鉱出、玉従石生。非幻無以求真。道得酒中、仙遇花裡。雖雅不能離俗。

金は鉱より出で、玉は石より生ず。幻にあらざれば、もって真を求むることなし。
道を酒中に得、仙に花裡に遇う。雅なりといえども、俗を離るることあたわず。

後集86項

天地中万物、人倫万情、世界中万事、以俗眼観、紛紛各異、以道眼観、種種是常。何煩分別。何用取捨。

天地中の万物、人倫中の万情、世界中の万事、俗眼をもって観れば、
紛々おのおの異なるも、道眼をもって観れば、種々これ常なり。
なんぞ分別を煩わさん、なんぞ取捨を用いん。

後集87項

神酣、布被窩中、得天地冲和之気、味足、藜羹飯後、識人生澹泊之真。

神酣なれば、布被窩中に天地冲和の気を得、味わい足れば、藜羹飯後に人生澹泊の真を識る。

後集88項

纏脱只在自心。心了、則屠肆糟廛、居然浄土。不然、縦一琴一鶴、一花一卉、嗜好雖清、魔障終在。
語云、能休塵境為真境、未了僧家是俗家。信夫。

纏脱はただ自心にあり。心了すれば、屠肆糟廛も居然たる浄土。
然らざれば、たとい一琴一鶴、一花一卉、嗜好清しといえども、魔障ついにあり。
語に云う、「よく休すれば塵境も真境となり、未了なれば僧家もこれ俗家」。信なるかな。

後集89項

斗室中、万慮都捐、説甚画棟飛雲、珠簾捲雨。三杯後、一真自得、唯知素琴横月、短笛吟風。

斗室のうち、万慮すべて捐つれば、なんの画棟雲を飛ばし、珠簾雨を捲くを説かん。
三杯の後、一真自得すれば、ただ素琴月に横たえ、短笛風に吟ずるを知るのみ。

後集90項

万籟寂寥中、忽聞一鳥弄声、便喚起許多幽趣。万卉摧剥後、忽見一枝擢秀、便触動無限生機。
可見、性天未常枯槁、機神最宜触発。

万籟寂寥のうち、たちまち一鳥の弄声を聞けば、すなわち許多の幽趣を喚び起こす。
万卉推剥ののち、たちまち一枝の擢秀を見れば、すなわち無限の生機を触動す。
見るべし、性天いまだつねに枯槁せず、機神最もよろしく触発すべきを。

後集91項

白氏云、不如放身心冥然任天造。晁氏云、不如収身心凝然帰寂定。
放者流為猖狂、収者入於枯寂。唯善操身心的、は柄在手、収放自如。

白氏云う、「しかず身心を放って、冥然として天造に任せんには」。
晁氏云う、「しかず身心を収めて凝然として寂定に帰せんには」。
放は流れて猖狂となり、収は枯寂に入る。ただよく身心を操るものは、は柄手にあり、収放自如たり。

 は柄在手の「」は「木へんに霸の字

後集92項

当雪夜月天、心境便爾澄徹、遇春風和気、意界亦自沖融。造化人心、混合無間。

雪夜月天に当たっては、心境すなわちしかく澄徹し、春風和気に遇えば、意界もまたおのずから沖融す。
造化人心、混合間なし。

後集93項

文以拙進、道以拙成。一拙字有無限意味。如桃源犬吠、桑間鶏鳴、何等淳ろう。
至於寒潭之月、古木之鴉、工巧中便覚有衰颯気象矣。

文は拙をもって進み、道は拙をもって成る。一の拙の字、無限の意味あり。
桃源犬吠え、桑間鶏鳴くがごときは、なんらの淳ろうぞ。
寒潭の月、古木の鴉に至っては、工巧のうち、すなわち衰颯の気象あるを覚ゆ。

 何等淳ろうの「ろう」は「广に龍の字

後集94項

以我転物者、得固不喜、失亦不憂、大地尽属逍遥。以物役我者、逆固生憎、順亦生愛、一毛便生纏縛。

われをもって物を転ずるは、得ももとより喜ばず、失もまた憂えず、大地ことごとく逍遥に属す。
物をもってわれを役するは、逆はもとより憎を生じ、順もまた愛を生じ、一毛もすなわち纒縛を生ず。

後集95項

理寂則事寂。遺事執理者、以去影留形。心空則境空去。境在心者、如聚羶却蚋。

理寂なればすなわち事寂なり。事を遺って理を執るは、影を去って形を留むるに似たり。
心空なれば、すなわち境空なり。境を去って心を在するは、羶を聚めて蚋を却くるがごとし。

後集96項

幽人清事総在自適。故酒以不勧為歓、棋以不浄為勝、笛以無腔為適、琴以無絃為高、
会以不期約為真率、客以不迎送為坦夷。若一牽文泥迹、便落塵世苦海矣。

幽人の清事はすべて自適にあり。ゆえに酒は勧めざるをもって歓となし、
棋は争わざるをもって勝となし、笛は無腔をもって適となし、琴は無絃をもって高しとなし、
会は期約せざるをもって真率となし、客は迎送せざるをもって坦夷となす。
もしひとたび文に牽かれ、迹に泥まば、すなわち塵世苦海に落ちん。

後集97項

試思未生之前有何象貌、又思既死之後作何景色、則万念灰冷、一性寂然、自可超物外遊象先。

試みにいまだ生ぜざるの前に、なんの象貌あるかを思い、またすでに死するの後になんの景色をなすかを思わば、
すなわち万念灰冷、一性寂然、おのずから物外に超え、象先に遊ぶべし。

後集98項

遇病而後思強之為宝、処乱而後思平之為福、非蚤智也。倖福而知其為禍之本、貪生而先知其為死之因、其卓見乎。

病に遇うて後に強の宝たるを思い、乱に処して後に平の福たるを思うは、蚤智にあらざるなり。
福を倖うて、その禍いのもとたるを知り、生を貪りて、まずその死の因たるを知るは、それ卓見か。

後集99項

優人傅粉調しゃ、効妍醜於毫端、俄而歌残場罷、妍醜何在。えき者争先競後、較雌雄於着子、俄而局尽子収、雌雄安在。

優人粉を傅けしゃを調え、研醜を毫端に効すも、にわかにして歌残し場罷めば、研醜なんぞ在せん。
えきは先を争い後を競い、雌雄を着子に較ぶるも、にわかにして局尽き子収むれば、雌雄いずくにかあらん。

 優人傅粉調しゃの「しゃ」は「石に朱の字
 えき者争先競後の「えき」は「亦のしたに廾の字

後集100項

風花之瀟洒、雪月之空清、唯静者為之主、水木之栄枯、竹石之消長、独闔メ操其権。

風花の瀟洒、雪月の空清、ただ静者これが主となり、水木の栄枯、竹石の消長、ひとり闔メその権を操る。

戻る